“あげまん”と呼ばれる女性たち3「トーマス・カーライルの妻 ジェーン夫人」



2008年02月12日

“あげまん”と呼ばれる女性たち3「トーマス・カーライルの妻 ジェーン夫人」




わたしは昔から強烈な個性をもった風変わりな男性に惹かれる傾向が強く、

またそうした男性を惹きつける傾向性も強いように思います。





「バカとなんとかは紙一重」っていうやつですね^^



現在のパートナーもやっぱしそんなタイプです。




この手の男性の特徴は...

ひとことでいって

変人。





理解しにくいし、されにくい。

誤解を受けることも少なくないようです。




本人たちは、

「べつに他人にわかってもらおうなんて思ってなんかいない。」と

開き直りを見せたりしますが、

高いプライドの陰には、

ビードロ細工のように傷つきやすくてモロいハートが隠れていたりします。




ゆえにとりあつかい注意。




正直言ってこういうタイプはめんどうくさい。

ヘタするとただの厄介くん。




でもまあ、そういう人を選んだのは自分ですしね(笑)、



選んでしまった以上は、

このさいだから上手なかかわり方、

才能をひきだす方法を

徹底的にマスターしてやろうではないの!と

ハラをくくった次第でございます(笑)




さて、古今東西の天才・偉人とよばれる男性たちの系譜を見ると、

世界中の幾千幾万の他人から理解されながら、

一番理解してほしかったたった一人の女性、

自分の妻からの理解を得られず

失意の内に生涯を終えた男性たちも少なくなかったようです。




古代ギリシャの哲人ソクラテス、

ロシアの文豪トルストイ、

アメリカ奴隷解放の父リンカーン...




さて...

この逆パターンもところがどっこいいるんですね〜。

みずからも才能ある詩人でありながら、

夫を単なる奇人変人から

稀代の大天才にまで育て上げたひとりの女性。




ジェーン・ウェルシュ=カーライル。




スコットランド生まれの天才思想家、

トーマス・カーライルの奥さんです。




****************************

ジェーン・ウェルシュ嬢が、

トーマス・カーライルと結婚したときのことです。




彼女の友だちは、

ジェーンがあひるを追い立てて、

薄汚いマーケットに出入りしていると噂しあっていました。




ジェーンはたいへんな美人で、

その上相当な財産の相続人でもあり、

自分が望めばどんなすばらしい相手とでも結婚できたはずでした。




結婚相手のトーマス・カーライルは

桁外れの頭脳の持ち主ですが、

また桁外れにガサツで無骨で、風変わりな人物でした。




もちろん一文無しでしたし、

将来の見通しもまったく立っていません。




あるものといえば、知性と才能だけでした。




ジェーンがなぜ、

この気難し屋でスコットランド生まれの夫と結婚したのかについては、

いまやちょっとした伝説になっています。




彼女は、夫がエジンバラ大学学長に選ばれ、

ロンドンでは偶像視されるほど有名になり、

「フランス革命史」や「政治家・クロムウェル伝」のような

古典の大作家になるのを、この目で見たのです。




ロンドンのチェルシーにあった自宅は、

時代を代表する文壇の鬼才たちでにぎわっていました。


(注*この鬼才たちの中に名を連ねる顔ぶれは、

テニスン、サッカレー、ブラウニング、ラスキンといった詩人たち、

「クリスマス・キャロル」で知られる作家チャールズ・ディケンズ、

知的巨人といわれたジョン=スチュアート・ミル、

思想家ラルフ=ウォルドー・エマソン、

このシリーズにも出てくる英国宰相ベンジャミン・ディズレーリなど

そうそうたるメンバーのようでした。)




ジェーン夫人自身も才能ある詩人でした。




しかし彼女は、

より多くの時間夫に尽くすようにと、

詩作をやめたのです。




家族や友だちからも離れ、

夫が誰にも邪魔されずに作品をかけるようにと、

人里はなれたスコットランドの村に移り住みました。




自分の服は自分でつくり、暮らしぶりも質素でした。




夫の慢性的胃弱を改善しようと努力し、

また、慢性的な不機嫌を和らげようと、

いつもニコニコしていました。




彼の著書が大衆の目をひきはじめると、

彼女は彼の才能をわかってくれる人に進んで交際をもとめました。




夫が社交界の美しい貴婦人たちにもてはやされるのにも耐えました。




彼女たちのおかげで、

彼の作品は好意的な注目をあびることができたからです。




しかし、なんといってもジェーンのすぐれた美点は、

ほかにありました。




それは彼女がけっして

夫の生来の特性を変えようとはしなかったことです。




現在保管されている手紙の中にこう記しています。




「夫の個性に勝手に手を加えて、

それを台無しにしてしまう代わりに、

わたしなら、すべての個性のまわりにチョークで丸を描き、

そのひとつひとつに、

この中から出ないで自分の個性をのばしなさい、と言いますわ。」




器の小さな女性なら、

カーライルの荒削りな一面を磨き上げようとしたかもしれません。

もちろんそれは、彼を思ってのことですが。




ところがジェーン夫人は、

ただ単に夫のアイデンティティ、

つまりあるべき姿になるよう手を貸したにすぎませんでいた。




彼女はあるがままの夫が好きでしたし、

世の中に対しても、そのままで夫を受け入れてほしいと願いました。




たしかに一人の男の能力を実現させるべく手助けをすることと、

その才能以上に男を押し上げることとの差は、

紙一重でしかありません。




男の限界を見極め、

それを超えて上に押し上げようとしない責任は、

女性の肩にかかっています。




ジェーン夫人にとってそれは、

知性の巨人を

見せかけだけの洗練された賢者にしないことが問題でした。




彼女は、夫カーライルの変人ぶりにもかかわらず、

ずっしりとした個性を尊重し、

彼の“チョークの輪”の中で努力したのでした。




(「D・カーネギー夫人の ビジネスマンの妻が読む本」

ドロシー・カーネギー著、櫻井秀勲訳、三笠書房刊)






*****************************

ジェーンは、

夫であるカーライルよりも先にこの世を去りましたが、

彼女の墓標には、

夫カーライルからの次のような献辞が刻まれています。


‘In her bright existence she had more sorrows than are common;

but also a soft invincibility, a clearness of discernment,

and a noble loyalty of heart, which are rare..

For forty years she was the true and ever-loving helpmate of

her husband,

and by act and word unweariedly forwarded him,

as none else could, in all that he did and attempted.

She died at London, 21st April, 1866,

suddenly snatched away from him,

and the light of his life, as if gone out.’

Thomas Carlyle,

inscription on her tombstone at St Mary’s,

Haddington.


その輝かしい生涯において、

彼女は並の人より多くの苦労を重ねた。

柔和な物腰の中にも不屈の強さを秘め、

明晰な洞察力、高潔な忠誠心をかねそなえた

たぐいまれな存在であった。




40年の長きにわたり、

彼女は夫にとって真実の

そしてつねに愛情深い魂の伴侶でありつづけ、

彼がしたことあるいはしようとこころみたこと全てにおいて、

全面的にサポートしつづけてくれた。




ほかのだれにもなしうることではなかった。




1866年4月21日ロンドンにて死去。

彼女は突然彼から奪い去られてしまった。

彼女は彼にとって生命の灯火であった。

しかしそれはもはや消えてしまった。




◆カーライル夫妻に関するサイト◆

http://www2.cruzio.com/~varese/dickens/gallery/carlyle.html
















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