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わたしが生涯を通じて扱っていきたいことのひとつが、
女性の無価値感の解放と尊厳の復興です。
自分で自分の価値を認められず、
誰かに(特に異性に)愛してもらわないと、
自分は愛に値する存在であると信じられない。
まるで生死がかかってでもいるかのようになんとかして愛されようと必死になる。
「え?女性として当たり前でしょう?」
と反論される方もいらっしゃるでしょうが、
その考え方が当たり前ということと、
その考え方でうまくいくということはまた別物なんですよね。
人に愛してもらわないと自分の価値を信じられないという生き方してると、
おそかれはやかれ人生は破たんします。
一生他人の顔色を窺い続ける、
奴隷の人生を歩むことになります。
ずっとニュースレターで触れたいと思っていたことの一つに、
故・サリダ・リシャウィ死刑囚のことがあります。
◎故・サジダ・リシャウィ死刑囚とは?→
http://goo.gl/qtVSPo
彼女はアルカイダのリーダーの側近の妹で、
2005年にヨルダンの首都アンマンのホテルで自爆テロ未遂をして、
死刑囚としてヨルダンに収監されていた女性です。
一月の終わりにダーイッシュに殺害された二人の日本人捕虜のうちの
二人目の犠牲者であるジャーナリストの後藤健二さんの解放と引き換えに、
そして、後藤さんが殺害された後は、
同じく捕虜となっていたヨルダン人パイロット・カサスベ中尉の解放と引き換えに、
釈放を要求されていました。
結局のところ、カサスベ中尉も、
ダーイッシュにより生きたまま焼き殺されていたことが明るみに出て、
報復として彼女もヨルダン側に処刑されてしまったわけですが。
上記のリンク先のウィキペディアにもあるように、
2005年にヨルダンの首都アンマンのホテルで自爆テロ未遂をしたときに
同じく自爆テロをして亡くなった彼女の夫とは、
犯行の数日前に上層部の命令で強制結婚させられているわけですが。
言われるままに結婚をし、
言われるままに爆弾を仕込んだベルトを身体に巻きつけ自爆テロをしに行き、
言われるがままに死刑囚として収監され刑に服し、
最後には処刑されてしまった。
テロリストだもん、処刑されてあたりまえじゃん、
っていう人もいるとは思うんですが、
彼女の人生って一体なんだったんだろう?ってわたし思うんです。
わたしの注意を特にひいたのが、彼女が知的障害者だったことです。
おそらく小さいころからいじめられもしたでしょうし、
家族からもお荷物扱いされたかもしれません。
もしかすると、彼女が唯一、注目してもらえたり褒めてもらえたりしたのは、
ロボットのように他の人の言うとおりにふるまったときだけだったかもしれません。
言うとおりにすれば「いい子だ。」と褒めてもらえる。
頭をなでてもらえる。
抱きしめてもらえる。
自爆テロの数日前に結婚した彼女の夫も、
彼女を操るために「愛しているよ」と口にしたかもしれません。
彼女は...
愛を乞う人だったのかもしれません。
わたしは常々、自分を裏切ってはいけない、
自分にとって真実でないことに対しては、ノーを出す勇気を持ちましょう、
そうお伝えしています。
自分を裏切らないためには、
自分にとって真実でないことにノーを出すためには、
自分をしっかりと愛すること、
自分で自分に愛をそそぎ、愛で満たすことが必要だとわたしは考えます。
あなたは、ご自分にちゃんと愛をそそいであげていますか?
ご自分を愛で満たしてあげていますか?
追伸:
内なる男性性と女性性の統合をしましょう。
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